自分の世界を再構築する——ぶつかり合いの先で見つけた静かな時間

うつ病と家族の現実

はじめに

静けさを取り戻した今でも、ときどき思い出す。
あの頃の言い合い、ぶつかり合い、
お互いに譲らず、心が擦り切れるような毎日。

「何が正しいのか」なんて、もう分からなかった。
でも、あの時間がなければ、
今の“穏やかに生きる私”には辿り着けなかったと思う。


夫婦だった頃の衝突

あの頃の私は、旦那を変えようとしていた。
彼は私を“支配しようとする側”に見えていたけれど、
実際には私も“正しさ”という形で相手を動かそうとしていたのかもしれない。

「どうして分かってくれないの」
「もっと頑張れば変わるはず」
そんな期待と失望を繰り返していた。

時には怒鳴り合い、
時には沈黙で責め合い、
お互いに「自分の方が傷ついている」と思っていた。

振り返ると、あの頃は二人とも、
傷つけたいのではなく、分かってほしかっただけなんだと思う。


崩れた関係の中で気づいたこと

関係が壊れていく過程は、静かではなかった。
泣いたり、叫んだり、無視したり、
そんな日々の中で、自分がどんどん“反応するだけの人”になっていった。

でも、いつの間にか気づいた。
相手を責めても、支配しようとしても、
そのどちらにも自分の安らぎはなかったということに。

「どうにかしよう」とするのをやめた瞬間、
私の中に少しだけ、静けさが戻ってきた。


再出発は、相手を手放すことではなく、自分を取り戻すこと

離れることも、関係を変えることも、
決して“勝ち負け”ではない。

私に必要だったのは、
誰かを従わせる力ではなく、
自分の感情を選び取る力だった。

再出発とは、
過去をなかったことにすることではなく、
その痛みを抱えたまま歩き出すこと。

夫婦だった時間が教えてくれたのは、
“支配でも愛でもなく、理解し合えないことを受け入れる強さ”だった。


「被害者」ではなく、「生き直す人」へ

私はもう、被害者ではない。
あの頃、怒りも悲しみも本気で感じて、
その中で必死に“生きよう”としていた。

今はもう、戦う必要はない。
傷を武器にしなくてもいい。
静かに生き直せば、それで十分だ。


いまの私

朝の空気を吸いながら、
愛犬と歩く散歩の道が、
こんなに穏やかだったことに気づく。

誰かの言葉に心を掻き乱されることも、
無理に笑うこともない。

衝突があったからこそ、
私は「静けさ」の意味を知った。

再出発とは、何かを手に入れることではなく、
何も起こらない日常を心から大切に思えるようになること。


あとがき

人とぶつかることは悪ではない。
それは、お互いに生きていた証だ。
ただ、いつまでもその渦の中にいると、
どちらの心も壊れてしまう。

今はもう、
争うことより、呼吸の深さで安定を感じたい。
「静かに暮らす」という選択を、
ようやく自分の意思でできるようになった。


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